プロフィール

はじめまして!
当ブログのオーナー、ざき子と申します。

北海道出身・東京都在住。都内の広告会社で働く会社員……と思いきや、フリーランスを目指す27歳です。

まずは簡単に自己紹介をさせていただきます。

半生をダイジェスト版で語る

天真爛漫な「幼少期」

幼少期は、転勤族の父・専業主婦の母・3歳下の妹に囲まれた4人家族。つつましいながらも幸せな子供時代を送りました。

いじめられっ子だった「小学生」

天真爛漫に過ごしてきた私ですが、小学校5年生の頃に「いじめ」という人生初の壁にぶち当たります。

はっきりした原因は今でもわかりませんが、お姉ちゃん気質だった私。きっと邪険に思わせてしまったのでしょう。

  • 机や椅子に「死ね」と書かれる
  • ランドセルに着けていたキーホルダーが壊される
  • カースト上位の女子に無視されるようになる

家族に心配をかけたくないがために、重苦しい気持ちで毎日学校に通っていましたが、年度末に父親の転勤でその町を離れることになりホッとした記憶があります。

しかし、1年間まともに家族以外と口をきいていなかったせいか、数年にわたって「人との接し方がわからない」という後遺症に苦しむのでした。

病気と二人三脚の「中学生~高校生」

中学生までは「学校ずる休みしたくても熱が出ない……」という、なんとも罰当たりな発想を持つ「超・健康優良児」でした。

しかし、中学3年生の冬に受験勉強で己を追い込みすぎて「起立性調節障害」という自律神経系の病気にかかります。

症状は、極度の低血圧と慢性的な眩暈。

運良く志望校に合格しますが、調子の悪い日は文字通り這うようにして通学していました。出席日数ギリギリで高校を卒業します。

スタートは穏やかだった「大学時代」

進路は地元の私立大学を選択。
対人関係や病気との付き合い方も覚えてきて、楽しいキャンパスライフに胸を躍らせます。

しかし、大学生活に慣れてきたころ、試練のようにさまざまなことが起こりました。

  • 父が大きな病気で3か月の休職&入院
  • 看病の疲れから母が持病をこじらせて入院
  • 3歳下の妹が不登校になる

幸いにも、現在は父・母・妹の3人とも日常生活を送ることが出来ていますが、わずか半年間でこれら全てを経験しました。

このとき、メンタルヘルスに関する知識が急激に増えました。
母の持病がメンタル系のものだったことと、妹への接し方に悩んだためです。

昼間は家族の看病や家事をするために、教授に掛け合って夜間部の授業を受けさせてもらっていました。

そんな状況が落ち着いた頃、もれなく私も就職活動の時期を迎えます。泣いたり落ち込んだりしながらも、東京の広告会社に内定をもらうことができました。

“プロメンヘラ―”が爆誕する「社会人~現在」

はじめて親元を離れて一人暮らしをしながら、営業職として勤め始めました。
しかし、“新しい上司の理不尽な言動への疲れ”と不規則な生活で、1年足らずで体調を崩します。

その後、休職と復職を繰り返すこと3回。

現在は病院に通ってはいるものの、フルタイムで働けるまでに回復しました。

営業こそリタイアしてしまいましたが、自分の好きなクリエイティブ系の職種に就くことが出来たので「結果オーライ!」と思っています。

 

何故フリーランスを目指すのか

キャリアチェンジの中でも、転職ではなく「会社に縛られず、場所を選ばずに働く」ということに興味を持った私。

自分の体調のこととは別に、

  • 夫の転勤&単身赴任
  • 北海道胆振東部地震

という、2つのきっかけがありました。

結婚3か月で単身赴任?!「遠距離別居婚」を選んだ私たち

3回の休職と復職を繰り返していた間、幸運なことに大学時代からお付き合いしていた人と結婚しました。しかし、新婚3か月目に夫に転勤の内々示が下ります。

しかも、転勤先は私たち夫婦の故郷である北海道。

さらに、

旦那
旦那
直前にならないと、異動が確定するかどうかわからない

ついていく?でも私の転職先を決めたあとに転勤自体がなくなったら?
結婚式は?東京で式場予約しちゃったけどキャンセルする?と怒涛のパニック!

結局、新婚半年で正式な辞令が下り、夫には北海道にUターン単身赴任をしてもらうことになりました。

2019年現在、遠距離の別居婚は2年目に突入します。

北海道胆振東部地震と転職活動

主人が北海道に行ってしまってからは、「近いうちに転職して追いかければいいか」と思っていました。

そんな折に起きたのが、2018年9月の「北海道胆振東部地震」でした。

東京に住んでいる私は直接の被害はまったく受けていませんが、地元・北海道の家族全員が被災しました。

幸いなことに、全員けがもなく無事でしたが、

  • 通信障害で連絡がまったく取れない
  • 飛行機が飛ばず、現地に行く手段がない

そんな状態にもかかわらず、私は東京で普通に会社に行って働いていて……

なんで私だけここにいるんだろう?

と、地震から数日間は心ここにあらずな状態で働いていました。

「家族の傍で一緒に生きていきたい!」そう思った私は、転職活動を始めます。

Uターン転職は果たして最適解か?

幸運なことに、ほどなくして内定を獲得して喜んだのも束の間。

「本当にUターン転職で根本的な問題が解決するのだろうか?」ということに気づきます。

せっかく私が転職をしても、夫にいつまた転勤辞令が下るとも限りません。

私たち夫婦は、いつか子どもを持ちたいと思っています。

もし未来に子どもを授かることが出来たとして、小さな子どもを抱えた母親を雇ってくれる会社は多いのだろうか?

私はまた夫についていくことを躊躇ってしまうのでは?と思いました。

そう考えたとき、場所を問わずに働くことの出来る「フリーランス」という働き方がより良い選択肢に思えたのです。

 

ブログのコンセプト

うつで休職していた当時、ただでさえ不安な私をさらに不安のどん底に突き落としたのが「お金の心配」でした。

特に2回目以降の休職では、傷病手当金が出ないので本当の無収入状態。メンタル系の病気って、再発しやすいのに社会的な保障は薄いんですよね。

そんな不安から、未経験ながらも副業に挑戦しました。

初月で5,000円、2か月目には38,000円。最終的には、5ヶ月間で約8万円の収入を得ることが出来ました。

少ない金額ではありますが、“収入が完全にゼロ”という状態を脱したことで少なからず不安が軽減された記憶があります。

きっと当時の私と同じ不安を抱えている人がたくさんいると思うのです。

そんな過去の私のような方たちに向けて、しんどいときにやってみてよかった事やモノ、私が副業でお金を稼いだ方法、ちょっとしたお役立ち情報で、少しでも不安を軽くして治療に専念してもらえたら、と思っています。

 

おわりに

私は現在、スキルを上乗せしてフリーとして独立すべく奮闘しています。勉強しているのは「webデザイン」や「動画制作&編集」というクリエイティブ系の分野。

ですが、先述の通り非常にメンタルが弱いです。

こんな私でもフリーランスとして生活を立てられるようになったら、きっと他の人だって出来るはず。

「こいつに出来るなら、自分にも出来そうだなぁ」と思ってもらえたり、無理やり会社員を頑張っている人にとって働き方の選択肢を広げるキッカケになれたらいいな、と思っています。

フリーになるための奮闘は主にTwitterで発信しています。

こんな私ですが、よろしくお願いします!